変化のストーリー:ある教員の成長と挑戦が作る保健教育の未来
今回皆様にご紹介するのは、FIDRカンボジア事務所が取り組む「栄養教育普及プロジェクト」の現場で、私たちのチームが出会った、ある先生の変化のストーリーです。
これまで、プロジェクトを通じて成長を遂げた、2人の校長先生のストーリー(※)をご紹介してきました。今回は、現場で生徒の教育や指導に日々奮闘している先生の学びの姿勢と成長です。
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※モンドップ小学校で校長を務めるスァー・ポーン先生の変化のストーリーはこちらから:前編と後編
ラヴィエテー小学校で校長を務めるヘン・ヴェンサン先生の「変化のストーリー」はこちらから
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今回の舞台は、モデル4校の1つであるスライセントー高校。主役はヴァ・ラクスマイ先生、2015年から同校に務める中堅教員の1人です。
ヴァ・ラクスマイ先生
私たちが初めてラクスマイ先生に出会ったのは、モデル校の活動を本格的に開始する2019年初めのことでした。まだ保健教科書の執筆を始めたばかりで、私たちは、スライセントー地区にある学校の先生方を対象に、FIDRも作成を担った、カンボジアの学齢期の子どものための食生活指針(Food-Based Dietary Guidelines: FBDG)(※)を紹介するワークショップを初めて開催しました。参加者の1人が、ラクスマイ先生です。前の方に座って、熱心に聞いてくださっていた姿を今でも鮮明に覚えています。
※カンボジアでの食生活指針の活動についてはこちらをご参照ください
ワークショップでは、食生活指針の意義や内容のほかに、生徒たちに教えるための教材の作り方も参加型形式で紹介しました。ラクスマイ先生は、テキパキと作業を進めており、完成度の高さに驚きました。実は、彼女はクメール語(国語)の担当教員です。「国語の先生が保健科目を?」と思うかも知れませんが、そこはカンボジアの教員不足という事情が。国語の先生である彼女が、公民の授業を受け持つことになり、そして将来的には保健の授業も担当するかもしれない、ということで、ワークショップに参加されたのでした。実は、このカンボジアの教育事情という要素が、私たちのプロジェクトにとっても、意味を持っていたのです。
グループワークで率先して発言するラクスマイ先生
現在、FIDRが活動するモデル校は4つありますが、活動当初から4校を対象にしていたわけではありません。最初はフンセンミエンチャイ高校、次にモンドップ小学校、そしてラヴィエテー小学校と徐々に数を増やしていき、最後にモデル校として加わったのが、スライセントー高校です。
モデル校の選定にあたっては、他のNGOや国際機関の支援状況、校長先生の意欲、行政との連携、学校の規模や衛生環境の状況など、様々な要素を考慮しています。その1つとして、教員の姿勢もあげられます。モデル校として生徒たちの考え方や行動に変化を生み出すためには、教員の関わり方が大きな鍵を握るからです。スライセントー高校を選定した理由の1つが、ラクスマイ先生の存在でした。ワークショップでの彼女の前向きで積極的な姿勢をみて、私たちのチームの間では「あの先生がいれば、きっとこの学校でのプロジェクトがうまくいくだろう」と意見が一致したのです。
ところが、実際にプロジェクトを始めた2020年2月頃、ラクスマイ先生はさらなるスキルアップを目指して学業に専念しており、休職中でした。スライセントー高校をモデル校に選んだ理由は他にもありましたが、彼女の存在もその1つだったため、少し残念な気持ちになりました。
それから約1年が経ち、ラクスマイ先生が職場に復帰され、保健の授業を担当することになりました。私たちの研修にも、再び参加してくださるようになったのです。研修中、一生懸命に聞き入る先生の姿を見て、「ホッ」としたのもつかの間。なんだか、いつもと様子が違いました。私たちが記憶していた、積極的に質問する姿はなく、模擬授業中も自信がない様子で、緊張や不安がこちらにまで伝わってきました。
「どうされたのだろう?」
私たちも心配になりましたが、食生活指針の研修での様子を知っている私たちとしては、あまり踏み込みすぎるのは良くないと考え、しばらくはそっと見守ることにしました。
そして、2024年に入って、久しぶりに研修後の模擬授業を見学する機会がありました。そこにいたのは、以前とはまるで別人のように、自信を持って生き生きと授業を進める、ラクスマイ先生でした。
「すごい!上手にできてる!」
あまりの変化に驚いて、思わず先生に声をかけてみました。すると復職したすぐ後は、FIDRの研修についていくのがやっとで、分からないことも多く、模擬授業も理解が追いつかないまま行うしかなくて、とても大変だったと振り返ってくれました。
保健科目の模擬授業の様子
そこでラスクマイ先生は、週末や空いた時間を使って、少しずつ勉強を重ね、分からないことは自分でも調べて情報を集め、今回の模擬授業の前には、同僚と一緒に授業計画を考え、練習したとのことでした。
そこまで努力できたのは、FIDRの研修を通じて、保健や栄養が本当に大切だと思うようになったからだそうです。研修後、自分自身の食事を見直し、日常生活の中で食生活に気を配るようになったとも話してくれました。生徒たちにも、食生活や健康の大切さを伝えたいという強い想いが、彼女の原動力になっていたのです。
モデル校での活動を生徒の立場に立って進めていくためには、校長先生のような管理職の協力だけでは不十分で、実際に教壇に立つ先生方の理解と実行力が大切です。
ですが、保健の研修に参加した各先生方の理解度は異なり、なかには、新しい内容に不安を抱く方や、少し負担に感じる方いらっしゃいます。
そんななか、ラクスマイ先生は、保健や栄養の知識の重要性をきちんと理解し、生徒たちの将来を真剣に考え、努力し、そして教員として自らが先頭に立ち、保健教育を主体的に進めようとする姿勢を見せてくれました。こうした先生のような方は、まさに希望の星です。彼女がいれば、きっと大丈夫。これからも、保健や栄養のことは、生徒たちにしっかりと伝えていける。そう確信させてくれる、私たちにとって頼もしい先生です。
真面目なラクスマイ先生(一番右)も、休憩中にはほっと一息