FIDR(ファイダー)は、開発途上国の子どもたちの支援と緊急援助を行う、国際協力NGOです。

スタッフブログ

2020年12月28日 更新担当者:中川

2020年、「できること」に目を向けて

2020年、「できること」に目を向けて

新型コロナウイルスに大きな影響を受けた2020年もあとわずか。
これまでの「あたりまえ」が変わる中で、いつも以上に混乱や苦労があったのではないでしょうか。

反面、「変化」を「新たなチャンス」にする機会でもあったかもしれません。

9月に「コロナ禍で、新たにはじめたこと」というテーマでボランティアさんからの意見を募集しました。
その際には、
「毎日数分の筋トレ、楽器の練習、絵を描くことを始めた」
「今迄は週一度、なんとなく作ってた料理だったけど、(コロナで時間ができたの で)凝った料理も出来たし、料理の盛りつけや彩りも考える余裕が生まれた。ちょいと料理も上達したかなぁ!」
などの声が聞かれました。

私自身も、こんな時だからこそ「できないこと」より「できること」に目を向けてみました。
夏を前に、子どもたちと一緒に「やりたいことリスト」を作成。
「やりたいこと」を考える子どもたちは、わくわくが止まらない様子。
できたリストを見ると、案外コロナ禍でも実現できることがあることに気づきました。

「ザリガニ釣り」や「魚釣り」は、場所を探して即実行。
「アフリカのサファリに行きたい」は、テレビのサファリ中継の再放送を観ることで代替。サファリハットや動物図鑑も用意してムード作りはしっかりと。
「海に行きたい」は、自宅のビニールプールや市民プールで対応。

一つひとつ実行するごとに、子どもは喜び、私も「できた」という小さな達成感が湧きました。

そこで思い出したのが、FIDRの事業地で新プロジェクトを立案するための調査で、現場のスタッフが得た気づきです。
住民に、この村の問題は何かを質問していくと、話し合いのムードがどんどん暗くなっていきました。一方で、村の良いところや、創りたい未来について尋ねていくと、話し合いは明るく活発に進み、住民もやる気が高まりました。

意識を向ける方向で、私たちの気持ちは大きく変わることを、今年はより実感しまし た。

コロナ禍はまだしばらく続きそうです。来たる2021年も、「できること」や「新しい可能性」に意識を向けていきたいと思います。

2020年11月27日 更新担当者:ディナ・クンワール

ネパールの光の祭り「ティハール」の過ごし方

ネパールの光の祭り「ティハール」の過ごし方

ナマステ。ネパール事務所のディナです。

ネパールの秋は、お祭りシーズンです。多くのネパール人にとって一番大切な「ダサイン」というお祭りが終わると、今度は「ティハール」がやってきます。ダサインに次ぐ大きなお祭りで、今年は11月13日から5日間にわたり行われました。富や繁栄、収穫などを祝い、夕方になると火を灯し、家を飾ることから「光の祭り」とも呼ばれています。今年は、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて移動や集会などに制約があるため、人々は例年より控えめにお祭りを楽しんでいました。

1日目:カーグ・ティハール(カラスの日)
ティハールの初日はカラスに祈る日です。カラスはヤムラジという地獄の大王の使者だと言われています。カラスは幸運を持ってくると考えられており、翌年の死と悲しみがないことを祈って、屋根に米や穀物、種などの食べ物を置いて、カラスにお供えします。

2日目:ククル・ティハール(犬の日)
ヤムラジの門番だと言われる犬を敬う日です。犬を敬うために、犬たちの額に赤いティカという粉を付けたり、首にはマリーゴールドの花輪をかけ、いつもより少しぜいたくなえさを与えます。

3日目:ガイ・ティハールとラクシュミ・プジャ(牛の日と富の女神であるラクシュミーの日)
牛はヒンドゥー教の文化には重要な存在であり、神聖なものとされています。この日は雌牛に感謝と敬意を示すために、マリーゴールドの花輪を牛の首にかけ、額にティカをつけ、食べ物をお供えします。また、この日は美と富の女神であるラクシュミーを自宅に迎えるために、朝から掃除と飾りつけでどこの家も大忙しです。 子どもたちは家々を巡り、デウシ/バイロといわれる伝統的な歌を披露したり踊ったりして、家主は、踊りや歌のお礼に、食べ物やお金などを渡します。子どもや若者にとっては、待ちに待った行事ですが、今年は新型コロナウイルス感染の影響でそれも控えざるを得ませんでした。そんな中、マスクをつけ、ソーシャルディスタンスを保ちながらデウシを楽しむ人々は今年ならではの光景でした。

4日目:ゴル・プジャ、ゴバルダン・プジャとモー・プジャ(牛の日及びネワール族のお正月)
4日目は雄牛を敬う日です。雄牛は、畑を耕すのに農家にとって欠かせない動物です。ゴバルダン(牛の糞を山の形に積み上げたもの)を作り、お祈りします。
今年は、この日がネワール族(カトマンズ盆地先住民である民族)のお正月にも重なりました。本来なら家族・親戚が大勢集まって食事を取り、新しい一年を迎えますが、今年は外出を控えて、同居する家族だけで過ごしていました。

5日目:バイ・ティカ(兄弟・姉妹の日)
最終日は兄弟や姉妹たちにとって大事な日です。姉妹が兄弟の健康と長生きを願って、マリーゴールドの首飾りをかけ、ティカをつけ、贈り物を交わしました。

ネパールには民族や宗教によっても様々なお祭りがあります。
今後ネパールを訪れる機会がありましたら、お祭りもぜひ体験してみてくださいね。

下記から、写真をご覧いただけます。
https://bit.ly/3mbKWhJ
https://bit.ly/2JgFg7I

2020年11月06日 更新担当者:アリウン

コロナ禍でのカンボジア入国ー入国、自主隔離、解放までの記録ー

コロナ禍でのカンボジア入国ー入国、自主隔離、解放までの記録ー

皆さま、こんにちは。4月から延期していたカンボジア赴任が決まり、9月にようやく渡航できましたアリウンです。新型コロナウイルスの影響で国を跨ぐ移動が制限されるようになったこの時期であるからこそ、その経験をお伝えできたらと思います。

カンボジアでは陽性が確認されたケースが300人未満(10月下旬現在)で、市中感染が確認されていません。ほとんどの感染者が海外からの入国者であるため、入国条件はまだ厳しい状況にあります。

【入国前】
日本の病院で、PCR検査の陰性証明書を取得し、カンボジアの保険会社に加入しました。

【カンボジア入国:9/26】
プノンペン国際空港に到着したら、以前と比べとにかく窓口が多く、圧迫感を感じました。まずは入国時に要求されている各書類を窓口にて提示し、防疫措置に必要とされる費用をデポジットとして支払います。入国審査⇒スーツケースの受け取り⇒PCR検査という順番で進んでいきました。このプロセスはとても早く、40分ほどで終わりました。
PCR検査結果が出るまで政府指定の待機場所(ホテル)に滞在しなければいけないのですが、送迎バスを待つため、1時間半ほど空港で待機することになりました。

【隔離生活:9/26-28】
空港にて実施したPCR検査の結果を待つあいだ、政府指定のホテルにて2泊待機しました。この期間は外出禁止、食事は部屋まで運ばれるので室内で過ごしました。
入国後2日目、フライト乗客全員が陰性だったことが確認されたため、各自で用意した自主隔離先へ移りました。私は自主隔離の期間中は市内ホテルに滞在したのですが、ホテルスタッフもあまりマスク等は着用しておらず、宿泊者への注意事項も特段なかったので緊張感がないと感じました。自主隔離ですが、原則は外出禁止であるため、食事はすべてアプリを使ってデリバリーサービスを利用しました。カンボジアではデリバリーのアプリが豊富で、食事面では不便を感じることなく過ごすことができました。

【13日目の検査、解放! : 10/9】
14日間の自主隔離が終わる前、13日目に入国後2回目のPCR検査を受けました。この検査は必須であり、陰性が確認されれば自由の身となるため、結果がでるまでドキドキです。 検査当日、検査開始の9時に病院に到着したら、「午前中に検査が受けられないから、午後に来て!」と115番目の整理券が渡されました。私の前に114人もいる?!午前中に受けられないってどういうこと?と思ったら、なんと朝の受付時間が始まる2時間ぐらい前から並び始めていたそうです。そういえば、私の母国モンゴルでも公立病院は当日に受け付けてもらうために早朝から並んでいました。日本生活が長くなっていたので、こういうことがあり得ることをすっかり忘れていました。
午後は13時半に来るように言われたため、気を取り直してもう一度病院へ向かいました。検査自体は14時から開始でしたが、結局私は16時前にやっと検査を受けることができました。中には、午前と午後どちらも来院したのに整理券をもらえず、後日来るように指示された人もいたため、まだ私は良い方です。2日後、結果は陰性で、晴れて「解放」されました!(ちなみに、結果が陽性だと、治療病院に移送されます)

このようにカンボジアの入国条件に従って入国前から準備し、14日間の隔離、2回にわたるPCRを受けているのは、新型コロナウイルスを持ち込まないため、国内で広めないためのはずです。しかし、病院での検査実施状況をみると、検査のために何度も病院に通うことになったり、2?3時間も混雑した病院で順番を待つことになったため、感染リスクへの対応がどう考えられているのか疑問も感じました。感染リスクを減らすためにきちんとルールや規則が作られているので、現場で運用する側も気配りが必要だなと感じた経験でした。

初めての経験ばかりでとても緊張しましたし、色々な気づきもありました。無事に自主隔離を終え、10月下旬から、北東部のクラチェ州でプロジェクト運営に携わりはじめています!

*ここに記載の内容は、執筆者が入国した時期の条件であり、その後は変更されている可能性があります。

2020年10月29日 更新担当者:キーホン / スレイピア

プチュンバンの過ごし方

プチュンバンの過ごし方

カンボジアでは、毎年9月に「プチュンバン」という、日本でいうお盆のような行事があります。家族とともにお寺に行き、ご先祖様に思いをはせ、僧侶に食べ物を捧げるのが習わしです。プチュンバンの間に私たち子孫がお供えをして積んだ功徳をご先祖様が受け取ることができると考えられているからです。
また、プチュンバンは15日間続くのですが、うち3日間が祝日で多くの人が田舎に帰省することから、遠くに住む親族が共に過ごす大切な時間となっています。今回は、私たち2人のプチュンバンの過ごし方をお伝えします。

【キーホン職員 編】
9月16日
午前中は、叔母と妹とともにプチュンバンのための伝統的なお菓子であるナムアソムを作りました(カンボジアでは、子どもに生を与え、その成長を支える存在として、両親をとても敬います。そして、親に幸せをもたらすことは、自らの人生を幸せにすることとされています。そのためこの日は、子どもが両親や親族のために料理を作ります)。私の家でも、午後には、お金やナムアソム、お米を準備し、親族や両親に渡しました。

9月17日
この日は、お寺で伝統的な儀式が執り行われるのが習わしです。朝は、僧侶へのお供用にお寺に持っていくための食事、果物、ナムアソムを用意します。私の家でも準備しました。午後は、家にいてパーティを楽しむ人や散歩する人など様々です。私は、この日は家にいましたが、妹や姪は散歩に出かけました 。

【スレイピア職員 編】
9月16日
午前3時半に起きて、午前4時にお寺へバーイバン(もち米を丸めたもの)をお供えにいく弟のためにバーイバン作りを手伝いました。弟がお寺に向かった後、午前6時に行われる最初の「ダックバット」(お布施)で僧侶に寄進する食べ物、果物、水、お金を準備して、私もお寺に向かいました。お寺から戻った後、再び料理を作り、自分たちが食べる分と祖母に持っていく分を残して、9時から10時にかけて行われる2回目の「ダックバット」のためにお寺に持ってきました。
その後、私は弟と叔母の家に行き、甥と姪の世話をし、一緒に昼食をとりました。昼食後、叔母がもち米で作った伝統菓子のナムアソムを作るのを手伝いました。午後3時30分には、翌日のお供えのため、食べ物、果物、ケーキ、ジュースを買いにマーケットに行きました。

9月17日
午前4時に起きて、午前6時にお寺に持っていくための食べ物と砂を準備しました。最初は前日と同じように「ダックバット」をしてから、お香を焚き、ご先祖様の霊を呼び戻しました。その後、持参した砂で砂山を作りました(この砂山は、カンボジアのお寺にある仏塔を模したものです)。
その後、果物、ナムアソム、前日に購入しておいたケーキ、ジュース、水、お金を僧侶にお供えする「バンクル」と呼ばれる別の行事の準備をしました。午前9時に再度「ダックバット」を行い、私はご飯を、弟はお金を器に入れて寄進しました。その後、再びお香を焚いて器にお金を入れ、ご祖先様が私たち積んだ功徳を持って、あの世に戻ることができるように祈りました。

2020年07月07日 更新担当者:ディナ・クンワール

ロックダウン緩和が始まったカトマンズより

ロックダウン緩和が始まったカトマンズより

ネパールは、世界各地での新型コロナウイルス拡大を受け、2020年3月23日から全国一斉にロックダウンに入りました。生活に不可欠なサービスを除く、全てのお店、オフィスが閉鎖になりました。FIDRも事務所を閉鎖せざるを得ず、スタッフはそれぞれ在宅勤務となりました。

FIDRが事務所を置くカトマンズは、200万人の人口をかかえるネパール最大の都市です。この都市でも、ロックダウンの影響は大きなものでした。多くの労働者が生活の糧を失い、人々の生活に欠かせない宗教や文化行事は、次々と中止や延期になりました。ロックダウンが長引くにつれ、仕事を失った日雇い労働者の中には、生活が出来ず、カトマンズから遠く離れた故郷の村へ、夜通し歩いて帰った人も少なくありませんでした。

ロックダウンから3カ月近く過ぎた6月15日、政府はロックダウン緩和を発表し、人々の生活は徐々に変化しています。銀行をはじめとした金融機関や、企業や政府機関は事務所での仕事を再開できるようになりました。

しかし、完全に元通りになったわけではありません。私用車の使用も許可されましたが、車のナンバープレートにより、奇数の日と偶数の日で走行できる車は制限されています。カトマンズの市内では、警察官が車のナンバー規制に従わない車両を取り締まる様子も見られます(写真)。また、国内線・国際線の運行は停止したままであり、カトマンズ内の公共交通機関(バス、タクシー等)も動いていません。

教育機関も未だに閉鎖されたままです。オンラインの授業を始めた私立学校もありますが、全ての生徒がインターネットにアクセスできるわけではなく、またスマートフォンを持たない家庭もあります。そのため、家庭学習をすることができない生徒も多く、生徒の中で焦りが生じています。

ロックダウンは緩和されましたが、新規患者数は急増しており、人々は感染のリスクの中で緊張した生活を強いられています。FIDRネパール事務所も、徐々に在宅勤務から事務所勤務に切り替えていっていますが、完全に元の生活に戻るにはしばらく時間がかかりそうです。

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