クメール正月に咲いた小さな「2つ目の文化祭」 —「食育の日」のその先で、生徒たちが自分の力でつくりあげた物語—
マ・ソピアビー
プロジェクト・ファシリテーター(FIDRカンボジア事務所)
日本の読者の皆様、こんにちは。
皆様は、カンボジアのモデル校(※1)で行われた「食育の日(※2)」を覚えていらっしゃいますか?
「食育の日」とは、栄養や健康をテーマとして、FIDRが長年取り組んできた栄養教育普及事業(NEPP: The Nutrition Education and Promotion Project)の成果を、行政関係者や保護者を始めとする地域の方々に見て頂く「文化祭」のようなイベントです。
※1 スライセントー中・高等学校で実施。他にフンセンミエンチャイ中・高等学校、ラヴィエテ小学校、モンドップ小学校が協力。いずれもFIDRが支援する栄養教育モデル校
※2 「食育の日」の様子はこちらから:その1、その2、その3
その主役はもちろん生徒たち。特に高校生たちは、教職員と協力しながら、イベントの企画や準備から当日の運営まで、すべてにかかわりました。結果は大成功。合計で1,000人を超える人々が参加し、大いに盛り上がりました。
今日お届けするのは、その「食育の日」の「その後」に続く小さな物語です。イベントを経験した生徒たちは、その後どのような一歩を踏み出したのでしょうか。
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舞台はフンセンミエンチャイ中・高等学校。チャイムが校庭に響き、休憩時間を知らせる。
並木の影がゆらゆらと揺れる小道を、私たちNEPPのチームは、生徒の小さなグループと並んで歩きながら、その会話にそっと耳を傾けていた。話題は昨年の「食育の日」の思い出。
彼らは、学校の課題を自分たちの力で解決しようと、FIDRと一緒に活動する学生グループ(ASG: Active Students Group)のメンバーだ。
「食育の日」では、リサイクル作品を販売するブースや食の安全をテーマとする演劇を催した。大規模イベントの運営は初めて。準備は決して簡単ではなかった。それでも、参加者の楽しむ姿を目にした瞬間、喜びの声を耳にした瞬間、苦労が一気に報われた、そうメンバーたちは話す。

リサイクル作品を展示したブース

「食の安全」をテーマとする演劇
「ねえ、覚えている?リサイクル作品、全部売り切れたよね!」
ひとりの生徒がそう言って満面の笑みを見せると、周りもつられて頬をゆるめた。
そんななか、1人がふと口を開いた。
「もうすぐクメール正月だよね。ねえ、みんな、どうかな。栄養とごみの管理をテーマにしたイベントを今度は自分たちだけでやってみない?小さくても良いと思う。「食育の日」の次のチャレンジさ」
反対する声は1つもなかった。その場が一瞬で、期待とワクワクに満ちた空気に変わった。
そして彼らは、こちらを振り向いて言った。
「イベントの計画、アドバイスをもらえませんか」
驚きと喜びが、胸いっぱいに広がった。
なぜかって?彼ら自身が次の一歩を踏み出そうとしている。その中心にいるのが、私たちが支えてきた彼ら自身なのだ。もちろん大歓迎で、イベントの計画や運営のノウハウを1つひとつ紹介していった。
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学生グループのメンバーたちは、早速、クメール正月イベントの準備に取りかかった。ブースで販売するのは、カンボジアの伝統的なお菓子や麺料理、新鮮な果物、ココナッツジュース、豆乳などに決めた。どれも体にやさしい食べ物。「健康的な食生活を広めたい」という「食育の日」と同じテーマが、しっかりとこめられていた。
さらに、会場にはリサイクル作品を展示し、ごみの分別ボックスも設置することに。「栄養」と「ごみ管理」の2つをテーマに、彼らなりの工夫が光っていた。

生徒たちにイベントの主旨を説明するメンバー
クメール正月まで1ヶ月前の頃、週末には、竹や縄、わらといった材料を地域で集め始めた。休み時間や放課後には仲間を誘い合いながら、プラスチックのリサイクル作品を作り、ブースを設営し、また校舎の装飾を進めた。

材料を地域で集める様子

休憩時間や週末に学校を装飾する生徒たち
もっとも、学生グループのリーダーにとって、決して簡単なことではなかった。
「思ったよりも手伝ってくれる子が少なくて」
ある日、リーダーがこぼした言葉。
イベントの意義が伝わらないメンバーもいれば、地域で行われた別のイベントへの参加を希望し、準備をおろそかにしてしまうメンバーもいた。
そこで彼らは校長先生に相談し、先生やより多くの生徒たちが活動に加わることになった。伝統菓子の作り方や麺料理などの調理法が分からない時には、自分たちの親たち―つまり保護者たち―にも協力を求めた。彼らは問題点や進捗状況をその都度、丁寧にFIDRスタッフに報告し続け、アドバイスを得ながら、少しずつ前に進んでいった。
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そして迎えた4月6日。いよいよイベント当日。
会場には、私たちはもちろん、先生、生徒、地域住民など、多くの人々が集まった。クメール文化を楽しむとともに、栄養やごみの管理について学び合う温かい交流の場となった。伝統舞踊のパフォーマンスや正月遊びもあった。会場は終始にぎやかだった。


カンボジアの伝統舞踊(トロットダンス)(上)や伝統的な遊び(壺割りゲーム)(下)
校門わきに設置された学生グループの食べ物を販売するブースには、開店前からすでに人だかりが。生徒たちは驚きながらも、誇らしさを隠せなかった。訪れた人たちは、生徒たちが準備した体にやさしい食べ物を買ったり、リサイクル作品を興味深そうに眺めたりしていた。
「この麺、すごく美味しい!お持ち帰りもできるの?」
ある保護者の言葉に、生徒たちは嬉しそうに笑った。
もちろん楽しさだけではない。隣には、カンボジアの学齢期の子どものための食生活指針(FBDG : Food-Based Dietary Guidelines:)をテーマにしたブースも設置し、学べる機会にもした。

学生グループのブース

今回展示したリサイクル作品
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クメール正月イベントは、生徒たちの持つ可能性を鮮やかに浮かび上がらせた。強い絆、創造性、そして責任感。「食育の日」と違って、私たちの支援にほとんど頼ることなく、大きな自信につながった。
会場の随所に分別用のごみ箱を設置し、分かり易い表示やステッカーで参加者を促したおかげで、イベント中も校内は清潔に保たれた。小さな取り組みの積み重ねが、確かな変化に繋がっていることを実感できる機会となった。
最後に学生グループのメンバーの1人が語ってくれた言葉が、心に残っている。
「人混みが苦手でイベントは好きじゃなかった。でも、この経験で変わった。参加して自信がついた。仲間と協力して成功を分かち合う喜びが分かった。自分の世界が広がった気がした。来年も絶対にやりたい」
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皆さん、いかがだったでしょうか。これまでのFIDRの取り組みや「食育の日」を通じて蒔かれた種は、こうして確かに芽を出し始めています。学校行事は、ただ楽しいだけのものではありません。生徒の可能性を引き出し、保護者や地域住民が「教育の価値」を実感し、学校をより魅力的な場所へと変えていく、そんな力を秘めています。
今回の小さな挑戦も、きっとまた、次の物語へとつながっていくことでしょう。

NEPPチームもブースを出展。遊び形式で栄養について学ぶ生徒たち

学生グループのメンバーと私たち