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スタッフだより

FIDRスタッフの声をお届けします。


女神様の好きな食べ物?


お供えもののバナナ

 「またバナナの値段上がったって!」
 「早く買わなきゃ!」

 クメール正月(4月13日〜4月15日)数日前のFIDRスタッフの会話です。通常一房1000〜2000リエル(日本円でいうと約20〜40円)のバナナの値段が日を追うごとに二倍、三倍、とまさにウナギのぼり!

どうしてこうしたことが起きたのでしょう?

 王室の占術委員会が毎年発行している出版物には、月曜日から日曜日までそれぞれ7人の女神がおり、毎年交代でカンボジア国民を見守ると書かれています。この本によると、2012年の女神の乗り物はバッファロー、持ち物は右手に両刃の剣、左手に楽器、そして好物はバナナ。そしてバナナを供えて女神をお迎えするように、と勧めています。

 こうしてカンボジアの人々は女神にお供えするべくバナナを買い求め、驚くような価格の上昇が起こったのです。

 ちなみに…。
 バナナ価格高騰のあおりを受けたのか、日頃よく見る焼きバナナ屋台が姿を消し、数日間「いつものおやつ」にありつけなかったFIDRスタッフでした。
(2012.5 齋藤)


焼きバナナ

復興かき小屋
 岩手県山田町の名産といえば牡蠣。新鮮な牡蠣が食べ放題の「かき小屋」(主催:山田町観光協会)が震災の被害で一時営業を中断していましたが、2011年10月から再開したと聞き、今回岩手県山田町への出張の際に、念願のかき小屋に行ってきました。

 町の再建の期待を込めて名称に「復興」の2文字を冠したかき小屋。地元の漁業組合から津波被害を免れた希少な牡蠣が提供されているとのこと。鉄板の上で蒸し焼きされる殻付き牡蠣が40分間食べ放題ということで、食事前からテンションが否応にも高まります。

 店に入ると早速かき小屋のおばちゃんが角スコップで豪快に牡蠣を鉄板の上に乗せてくれました。FIDR職員が鉄板を囲んで10分〜15分程すると、部屋中に焼き牡蠣のいい香りが漂い始めました。蓋をあけるとそこには美味しそうな牡蠣の山!!

 立ち上る湯気の中、おばちゃんがせっせと牡蠣の殻を取り始めたので、FIDR職員もそれに負けじと食べる食べる。。。

 気付いたらあっという間に一人20~30個の牡蠣を平らげていました。
 震災にも負けず、元気に育った山田の牡蠣は苦味もなく、プリプリしていて、いくらでも食べられる位美味でした。味付けは海水そのものでしたがこれがまたいい塩梅! このような美味しい牡蠣に巡り会えるのも、被災地が徐々に復興している証ですね。

 復興の証、山田の新鮮な牡蠣を是非一度ご賞味あれ!
(2012.1 宮下)



ベトナムのクリスマス
 11月後半から、事業評価や新規事業の調査などで、殺伐とした空気が流れる時もあるほど毎日大忙しのベトナム事務所。

 ベトナム出張に行った時のことです。
 出張中の緊張感と若干の時差ぼけで、眠い目をこすりながら出勤すると、スタッフのほとんどが出張に出てしまい、いつも賑やかなオフィスがシーンとしていました。
 ふと、事務所の階段にあるものが目に入りました。


 クリスマスツリーです。

 忙しい時こそ心にゆとりを・・・大槻所長の粋なはからいです。
 業務のめまぐるしさについため息が出そうになっても、1本のかわいらしいクリスマスツリーが、スタッフたちにほっこりとした気分を与えてくれそうです。
 南国で見るクリスマスツリーは、私たちにはちょっぴり違和感がないわけではありませんが、ベトナムの人たちには季節の風景として市民権を得てきているようです。
 最近はダナンの街でも、クリスマスソングが聞こえてくるようになりました。

 国や風土が違っても、クリスマスの情景は慌ただしい日々を送る人々に心安らぐ雰囲気をもたらしてくれるようです。
(2011.12 古賀)

ベトナム事務所スタッフ


カンボジアからの応援
 東日本大震災およびそれに続く原発事故のもと、 過酷な日々をお過ごしの方々に心よりお見舞いを申し上げます。

 カンボジアでも、遠く離れた日本の被災地の惨状がテレビやラジオで日々伝えられています。 プノンペンの街中でも、日本人と分かれば「家族や友人は大丈夫か?」と声をかけてもらうことがあります。
 こうしたカンボジア人の想いを遠く離れた日本の被災地に届けるべく、 3月27日、プノンペン市にて、カンボジアで活動する日系NGOの有志が呼びかけ、 Pray for Japan x Japanese NGO Network の名のもと被災地支援のイベントを開催しました。
  当日、街をゆく多くのカンボジア人や外国人旅行者が足を止め、 ときには、車やバイクを道路脇に止めて、イベント会場に立ち寄ってくれました。 ある人は被災地に向けたメッセージを寄せるために、ある人は募金をするために。
 イベントは、午前中2時間程度のみという短時間の開催でした。 しかし、イベント会場に設置された掲示板は、被災地に向けた応援メッセージで溢れんばかりになり、 10箱用意した募金箱もそれぞれがいっぱいになるほどでした。

(募金は、国際協力NGOセンターが運営する「東北関東大震災 緊急支援まとめて募金 」に寄付され、その後、FIDRを含め、被災地で支援活動を実施しているNGOの活動資金として割り振られます。)
(2011.4 大路)

オートバイを止めて募金をする親子 被災地の写真の展示を見て涙を流す女性



ドライブ・テクニック

               

 「これで、よくぶつからないな〜」

 カンボジアの首都プノンペンでは、ここ数年で急激に車やバイクの通行量が増えました。でも、信号機のない交差点・合流地点のほうがまだまだ多いほか、バイクが車の間を縦横無尽に走行しているのが現状です。
 ということで、市内で車を運転する時は、いつも回りのバイクを確認し、スローペースで進んでいくことになります。信号機のない合流地点では多方面から車が突っ込んでくるので、互いがそろ〜っと進み、絶妙のタイミングで交差していきます。
 「スピードが出せないから、かえって安全だよ」 というのが駐在員の見解ですが、運転中は、常に360度神経を張り巡らせることを思うと、現地のドライバーを尊敬するばかり。

あっぱれ、プノンペン・ドライブ・テクニック!
(2011.2 中川)


魅惑のタネ
ベトナム・ダナン市内のコーヒーショップにて。「おつまみ」のようにスイカの種が出てきました。
 ベトナムでは、種をおつまみやスナック代わりに食べます。スイカ、かぼちゃ、ヒマワリの種が一般的で、旧正月など家族が集まる行事では、みんな、止むことなくぱくぱくつまんでいるそう。ものすごく美味しいわけではないのに、なぜか手が止まらなくなります。

 このスイカの種、薄っぺらな種の先端を縦に噛み、ぱくっと二つに割って中身を食べます。
しかしこれ、なかなかうまく割れない!
初回に訪れたときの「うまく割れた率」は1割5分、後日再訪したときは5割。
割れないと悔しさが、割れると小さな達成感が湧いてきて、挑戦欲をかきたてる魅惑の種なのでした。

 ちなみに、FIDRスタッフのベトナム在住歴と「うまく割れた率」は見事に比例していたのでした。
(2011.1 中川)


喜びたっぷり収穫の秋
 久しぶりに、山岳地域の村に出かけました。
伝統織物を活かした手工芸品の製作・販売による収入向上を目指し、日々挑戦している彼女たちに会うためです。注文が大量に入っているとのことだったので、かな〜り頑張ってせっせと織物を織っている姿を想像していたら…。

「あれれれ???いつもの作業場が異常な程、活気づいている。な、なぜ?」





 覗き込むと、いつもは黙々と織物を織っている女性たちが、わいわいと山ほどのお米をみんなで山分け中。今日は、米の収穫の日だったのか!
 まずまずの収穫量で、喜びにあふれている女性たち。織物を織っている様子は見ることができなかったが、女性たちの嬉しそうな姿を見ることができたことは、大きな収穫でした。
(2010.12 大槻)


ゼロに面食らう

 「これ、いくら?」
  「52よ」
 
52???
000をみっつ足すから、52,000ドン(およそ216円)か。

  「はい、100,000ドンを出すから、お釣りを頂戴。」
あれ、50,000ドンお釣りがきた。 2,000ドン札がないからおまけしてくれたのね。ちょっと得した気分。

 ベトナムの通貨は、「ドン」。1,000ドン以下の紙幣も流通しているのですが、人々は000(千ドン)を無視した数字で値段を言います。 何回もベトナムに来ているけれど、未だに最初の支払いでは、この0いっぱいのお札に戸惑ってしまい、支払いが妙にスローになります。しまいには、店員さんが私の手にある紙幣をのぞき込み「このお札を使えばいいの!」と指示する始末。 侮れない、000。 (中川 2010.11)


わたしは、きれい好き♪
 ヒマラヤ山脈が連なるネパールの山村でのこと。
 ひたすら続く山道に少々ぐったりしながら歩いていると、前からかごを背負ったおばちゃんが、颯爽とやってきました。
 何やら口のあたりで、手を動かしている…と思っていたら、なんと歯磨き中。その女性、写真を撮らせて頂いた後も、そのまま歯を磨きながら、山道に消えていきました。 ほんと、きれい好きなのね。
 でも、うがいはどこで…???(大槻 2010.10)


バイクもオシャレに…
 ベトナムの首都・ハノイにて。

 人々の主要交通手段は、運転手ほか数名が乗れる、大きめシートのバイク。
 夕方公園を通りかかると、木陰で休む人、おしゃべりを楽しむ人などなどが駐車したバイクがずらーーーっと並んでいた。
 すごい数だなあと思い、居並ぶバイクを眺めていると、チェックなどの柄模様のシートやヘルメットがやけに目につく。よくよく見ると、某有名ブランドの模様やロゴを模したものも。シートとヘルメットの模様がお揃いのものも結構ある。
 一般的な真っ黒なシートに飽き足らず、好きな模様を選ぶ人が増えているようだ。これもオシャレの一つなのかも??

 ちなみにFIDRの事務所がある第3の都市ダナンでは、そんなバイクを見かける機会は、まれ・・・。このあたりが、経済発展の著しい「首都」との差なのかもしれない。(中川 2010.9)


西瓜に群がるのは…
 FIDRは、地域の人々と話し合いを重ね、お互いを理解し、ともにプロジェクトをすすめることを大切にしています。時には住民が参加しやすいように夜間に開催し、いつもは蛙の鳴き声だけが聞こえる静かな村が一転、アツイ白熱した議論が展開されることも。

 そんな喉を酷使するFIDRスタッフたちを潤してくれるのは"西瓜"。連日、むしゃむしゃと食していたFIDRスタッフ自らがつけたあだ名は、「西瓜に群がるビートルズ(注:ロックグループではなく、カブト虫のBeetles)」。
 3分もあれば、キレイに平らげていたので…。
(おおつき 2010.8)


観覧車がやってきた!
 カンボジアの北東部にあるクラチェはメコン川が流れる美しい街です。川沿いを散歩していたら、公園に観覧車が組み立てられているではないですか!

 聞いたところ、移動式の観覧車ということ。祭りがあるところに設置しては、終わるとまた別の場所に移動していくそうで、楽しみにしている若者も多いとか。ただ小さい子どもは怖がって乗らないらしく、どうやらまわるスピードがかなり速いのがその原因のようです。
(難波 2010.7)


完全防備
 ご存じバイク天国のベトナム。ここダナンでも人々の移動手段はもっぱらバイクで、朝や夕方の通勤時には一斉に道をバイクが埋め尽くします。

 4人乗りをする家族や、隣のバイクと仲良く会話しながら並走といった日本ではありえない光景にびっくりするなかでも、特に目を引くのは、女性の徹底した日焼け対策です。日中は35度にもなる炎天下にもかかわらず、厚手の長そでに首まで覆った巨大顔面マスク、サングラスを装着した完全防備です。
 強い日差しにもかかわらず色白のベトナム女性が多いのは、こうした日々の努力の賜物なのでしょうね。(沖山 2010.6)


家ごとお引越し!
 地方の村へ向かう途中、道路を横断している「家」に遭遇。話には聞いていましたが、実際に見るのは初めてのカンボジア流・引越風景です。
 農村では伝統的な高床式の家が多いので、柱をはずしてタイヤ付きの荷台に載せれば、上の家の部分はそのまま移動可能というわけです。
 それにしても大掛かりな作業なのは一目瞭然。村の人たちの生活が協同作業で成り立っていることが垣間見られました。(うえだ 2010.5)



ベトナムの発展を彩る花火
 3月27日〜28日にダナンで第3回国際花火大会が開催され、ベトナムのほかにポルトガル、米国、日本、フランスのチームが参加しました。町おこしと観光客誘致を目的に始まったこのイベントの狙いはあたり、ダナン市内からだけでなく、ベトナム国内や海外からも人が集まり、ホテルが軒並み満室になったそうです。

 街に沿って流れるハン川のほとりから打ち上げられる花火は、日本と比べて低い位置で開き、かつ打ち上げ場所が横に長いので、夜空一面が光の壁のように見え、轟音で耳鳴りがするほど。
 その光と音の迫力は、目覚ましい発展を遂げつつあるダナンの溢れんばかりのエネルギーそのものを表しているかのようでした。
(沖山 2010.4)


頭上に注意!
 夕食に出かけようとすると、雷鳴とともに、窓を激しく打ちたたく音。大雨かと思ったら何と、1cm大の雹(ひょう)がホテルの玄関先に散らばっていた・・・。一部の地域では30cm近く降り積り、樹木がなぎ倒され、交通に混乱が生じたそうだ
 ネパールでは降ってくるものに注意しなくては、と改めて思った。

 というのも前日は、ホーリー祭り。
 春の訪れを祝うこの祭りでは、誰彼構わず色のついたものを塗りあったり掛け合ったりする。子どもたちは一日中、顔に様々な色を塗りたくって走り回っており、街を歩けば、屋上から通行人めがけ水を入れたビニールやゴム風船が投げつけられてくる。外国人や女性は格好のターゲットだ。外に出るのを恐れ、ホテルの宿泊客は玄関先にたむろしていたが、私は空腹には勝てず、様子をうかがいながらも出かけることに・・・。

 数分後、側頭部に水風船の一撃を食らい、顔半分がびしょびしょになるが、何とか一番近いレストランに到着。後になって出かけた大槻職員は不幸にも頭のてっぺんに、しかも、青色の色水入りビニールが命中、服まで真っ青になったとのこと。写真でお見せできないのが残念でなりません。
(依知川 2010.4)



「鍋の港」の近くの村で
 プノンペンから北に車で2時間弱のところにあるコンポンチュナンは、クメール語で鍋の港という意味。近くには鍋をはじめとする素焼きづくりが盛んな村があります。
 ほかにも、お皿や壺など、様々な製品をつくっているとか。おばさんは「特別よ」と、足踏みタイプのろくろをくるくるっと見事に操り、いとも簡単に壺を作ってくれました。周りの風景に溶け込んでいくようなろくろをまわす音に、のんびりした気分になりました。
(難波 2010.3)



ワン・ツー・スリー!
 陽が西に沈むころ、プノンペンの公園にはあちこちで大音量の音楽に合わせてフィットネスダンスに励むカンボジア人たちの姿があります。誰でも20円程度を払えば参加可能なので、週末ともなると大盛況。
 さまざまなグループがそれぞれに最大ボリュームでカンボジアンポップスを流し、リーダーの動作に数十人が同調する光景は、現在のプノンペン名物のひとつと言えそうです。数年前まではこのような光景は全くありませんでした。人々が健康を意識するようになってきたことの現れでしょうか。

 でも、残照がすっかり消え、街灯のオレンジ色の明かりに包まれる頃になると、いつの間にか音楽がポップスから民謡に切り替わり、みんな楽しくカンボジア風盆踊りを舞っていたりします。
(コヤマ 2010.2)



世界で一番素敵な台所
 目の前にヒマラヤ山脈が連なるネパールのある山村。そこは外国人に人気の高い素敵なトレッキング・スポットなのですが、ネパール人にとっても、素敵なスポットのようです。
 雄大な山々を眺めながら、とうもろこしの実をとっていたおばあちゃん。カメラを向けると、自慢の台所を「ご覧なさい!」といわんばかりのポーズをとってくれました。猫の額のような我が家の台所を思い出し、うらやましく感じました。(大槻 2010.1)



ダナンの街角から
 11月某日ベトナム・ダナン市、晴れ、気温19℃。
 ダナンに出張すると、ホテルと事務所の往復にはいつもバイクを使う。この時期は暑くも寒くもなく、風を切り、街を走るのはとても心地よい。

 だが周りは、ジャンパーやコートを羽織り、まるで冬が到来したかのようないでたちである。「そんなに寒いですか?」と聞きたくなる。
 ただ、下に目をやると、足にはゴムサンダルである。「それはちょっと寒くない?」と突っ込みたくなる。

 これから旧正月(2月上旬)にかけて、ますます気温が下がっていくが、街の人々は果たしてどんなスタイルへと変わっていくのだろうか・・・。
(依知川 2009.12)



手を差し伸べるということ
 つり橋を渡り、ジャングルをぬけると、リマ・コト・カンポン・ダラム村第三十小学校がありました。子どもたちは、完全に壊れた校舎の横に架けられたビニールシートの天幕の下で授業を受けています。

 村の代表のひとりであるダトックさんが語ってくれました。
 「このあたりの建物はほとんど壊れてしまったのですが、このような奥地なので、まだどこからも支援が来ていません。でも教育は大切なので、廃材などを利用して何とか授業を行える場所だけはつくりました。今、新しい校舎の建設を政府に求めているところです」

 この村への支援の一番手である私たちは、FIDRの緊急援助はアジアの地震国の同胞として深く心を痛める日本の方々からの励ましの気持ちであることを述べ、学用品を手渡しました。

ジャングルの中を歩いて学用品を運ぶ 学用品を手渡す

 「古い話ですが、私の伯父は日本人を助けたんですよ」ダトックさんは目を細めた。「第二次世界大戦の終わりごろのときのことです。2人の日本兵が追われて向こうの川を渡ってこの村に来たのです。伯父は15日間、彼らをかくまって脱出させました」

 当時、日本兵を助けるということ自体が多大な危険をはらんでいたことは想像に難くありません。しかし、目の前にいる人が困難に際しているときには、国籍もイデオロギーも関係なく手を差し伸べるという、人道援助の基本の姿勢を60年以上前にこの村の人は貫いたのです。
 残念ながら、ふたりがひと時を過ごしたというその伯父さんの家も、今回の地震で崩れてしまっていました。

 幸い、この小学校の子どもたちは全員無事でした。しかし、家も校舎もなくした体験は彼らの間で語り継がれることでしょう。そこに日本の人たちからの贈り物が元気をくれたという記憶がささやかな彩りとなれば、私たちにとってうれしい限りです。(コヤマ 2009.11)




悲しみは洗い流せなくても
 思い出多い自宅が一瞬にして壊れてしまっても、愛着ある衣服をできるだけ回収し、それを着ることで以前と変わらぬ日常に早く復帰しようとしているのでしょうか。インドネシア・西スマトラ州パダン・パリアマン県を歩くと、持ち主を失わなかった服が洗われ干してある光景をあちこちに見ることができます。

 震災から1ヶ月近く経った今でも、山あいのドリアン・ダンカ村は水道も電気も復旧していません。お母さんたちは谷間の清流で洗濯をしていました。家を失った悲しみは簡単には洗い流せなくても、洗いたての服が気分を少しでもリフレッシュしてくれることを期待しているようにせっせと洗濯をしているようでした。FIDRはこのような地域の人々を支援しています。(コヤマ 2009.11)

崩れた屋根に服を干す 清流で洗濯をするお母さんたち




持ち主を失った服
 それは巨大な地すべりでした。
 一瞬にして3つの集落を襲い、600人を呑み込んだのです――インドネシア・西スマトラ州、パダン・パリアマン県パタモアン郡タンディケ村。遺体の回収は不可能と判断され、いまだに大勢が土中に眠っています。
 広大な黄土色の風景の一角に、色とりどりの服が積まれていました。偶然にも土に埋もれなかった服を集めたものでしょう。持ち主を失った服たちの色の鮮やかさが、つい数日前までの平穏な日々を語っていました。(コヤマ 2009.10)

持ち主を失った服 タンディケ村




満月の日の過ごし方
 仏教徒が人口の約7割を占めるスリランカ。彼らにとって月に一度の「満月の日」は体を休め、寺院に参拝する聖なる日です。

 その日、コロンボにあるガンガラーマ寺院にも老若男女が集まっていました。仏像に花を手向けて祈る家族、厄除けの紐を手首に巻く若い女性たち、座り込んで熱心に経文を唱えるおばあさん、昼寝をする人たち、それぞれが自分の「時間」をゆったりと過ごしていました。

 人々がこの日、白い布を身に纏うのは、外から体の中を清める意味があるからだとか。心身ともに、リフレッシュできそうな「満月の日」です。
(那須野 2009.10)


光あふれる家
 カンボジアの北東部にあるクラチェ州の小さな村を訪れたときのことです。村には宿泊施設がなかったため、産婆さんのお宅に泊めていただきました。家は木材と竹と椰子の葉で作られた、カンボジアでは伝統的な高床式でした。
 朝目覚めると、部屋中が光であふれていました。電気がなく、ロウソクを灯しただけの暗い夜の部屋とは対照的に、床や壁から洩れ込む太陽の光はまばゆいほど。大きく深呼吸すると、朝の光線までが酸素とともに体の中を巡るようでした。(高橋 2009.9)


田んぼの中の食事会
 本日は、米農家にとって一大イベントの「田植え」の日。カンボジアでは昔からの伝統にのっとり、ご近所・親戚を集めて一斉田植えを行う世帯も多くあります。
 そんな田植えの日のお昼は、田植えを行う世帯が振舞ったり、皆んなで持ち寄ったりと、様々ですが、ひと仕事を終えた後に、お日様の下、みんなで笑いながらご飯を頂きます。
 さぞかし、おいしいんだろうなあ〜。(大槻 2009.8)


蓮の実を食べてみると
 プノンペン市から30分も車で移動すると、カンボジアはのどかな農村地帯。沼地には蓮の花が咲いているのがみられます。
 道路端の露天商では、蓮の花托の部分が売られていました。日本でも蓮の根(レンコン)はよく食されますが、蓮の実はあまり聞きません。物珍しさから、さっそく買って食べてみることにしました。

 花托を手でサクッと割ると蓮の実が現れます。味はほんのり甘く、渋みがあって、まだ青いジャガイモを生で食べたような感じ。たくさん一度に食べることができるような味ではありません。
 5粒ほど食べただけで、残りをホテルの受付スタッフへお土産として渡すと、とても喜んでくれました。聞けば、生で食べるだけでなく、甘く煮込んでデザートに使ったりもするそうです。(高橋 2009.7)

売り子さんによると、一日30束(1束は約23円)ほど売れるとのこと 露天の軒下に下げられている蓮の花托。手で簡単に裂いて実を食べることができます


ベトナムお墓事情
 ダナン市から西の山岳地帯へと向かう途中、車窓から時折目にしたのは「墓地」。モノトーンの卒塔婆や墓石が立ち並ぶ「重々しく寂しげな」日本の墓地の佇まいとは随分違って、黄色や赤、青が中心のカラフルな色使いのベトナムの墓地は「明るく賑やかな」印象を受けます。夜中に訪れてもあまり怖くなさそう。
 ベトナム人は故人が生前と同じように楽しく暮らすことができるよう、故人の終の住処となるお墓を明るい色を使って建てるとは、FIDRベトナム人スタッフの談。黒やグレーはお墓が「古く」みえるため、あまり使われないのだそうです。
 ベトナム人の色彩感覚と死生観。お墓だけみても、おそらく日本のそれとかなり異なるのは確かなようです。(高橋 2009.6)

立派なお墓を建て、祖先を崇拝することは、家長の義務という。ちなみにお墓は土葬式


犬もぐったり
 乾季のカンボジアは今、一年で一番暑い時期。
 容赦なく太陽は照りつけ、連日40度近くまで気温があがります。

 暑いのは動物も同じのようで、農村の犬たちは来訪者(私たち)にほえることもなく、ただじっとしていました。
 地面やあずまやでぐったり寝転んでいるその姿は、時折わずかに吹く風を待っているかのようでした。

 早く、雨季になりますように。(村松 2009.5)


メコンの夕暮れ
 カンボジアの首都プノンペンからバスで6時間程、北東に走ったところにある街、クラチェ。
 メコン川に面した静かな町である。

 夕暮れ時、川岸では沈む夕日を眺めながら、人々が思い思いの時間を過ごしている。

 ゆっくりと流れゆく大河に悠久の時を感じながら、人生の長さや短さを想ったりもするのである。(安藤 2009.4)


メコンを歩いて渡る
 メコン川はチベット高原に端を発し、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムを通り、南シナ海へと流れこむ。

 ラオスの首都ビエンチャンでは街の南側を東西に流れている。ホテルのすぐ近くだったので、歩いて見に行くが、なんと水がほとんどない。確かに今は乾季の真っ只中であるが、これほど水が少ないのには、とても驚いた。これが昨年5月に氾濫し、大きな洪水被害をもたらした川なのだろうか。

 そして、遠くに目をやると、何と人が歩いて、川を渡っているではないか。しばし、その光景を眺め、メコンの雄大さに浸っていたのであった・・・。(依知川 2009.3)


今は2065年
 ホテルの領収書を見て、困った。日付がわからない。いったい今日は何日だ?

 ネパールで一般に使われているヴィクラム暦では、
西暦2009年2月は2065年であり、西暦2009年4月中ごろから2066年が始まる。---ということは下調べしたつもりであったが、実際に現地でこれに出くわすと不思議な感じである。

 ネパールという国の神秘性は知るにつれてどんどん深まってゆく。(安藤 2009.2)


象の出勤
 ネパールの首都カトマンズにて。
 ホテルを出て訪問先に向かう途中、道を歩いてくる象に出会った。向こうから車の間をゆっくりと歩いてきて、あっけにとられている私の目の前を通り過ぎていった。背負っているのは、おそらく自分の「お弁当」だろう。

 聞けば、あの先には動物園があり、象はそこに「出勤」しているそうだ。ネパールという国の神秘性、大らかさ、大きさなどをいっぺんに感じたひと時であった。
(安藤 2009.1)


巻きの達人!
 最近日本でも良く見かけるようになったベトナム料理・生春巻き。お店では、巻かれた状態で出されるのが一般的ですが、ベトナムでFIDR現地スタッフに連れていってもらったお店では、生春巻きは各自で作るスタイルでした。
 野菜やお肉などが山盛りで運ばれてきた中からお好みの具材を選び、ライスペーパーの上にのせていきます。日本の手巻き寿司のような感じです。仕上げは、ライスペーパーをくるくると巻いていくのですが、これが思うようにきれいに巻けず、バラバラと具材が飛び出す始末。見かねたスタッフたちが、見事な手つきで巻いてくれました。
 スタッフたちが器用なのか、自分が不器用すぎるのか・・・。(水田 2008.12)

野菜などの具。お好みで巻いていきます 慣れた手つき巻いていくスタッフ。具を丁寧に並べるのもポイントとか

30秒ヌードル?!
 カンボジアの代表的な朝食に、「クイティウ」があります。麺は米粉でつくられており、スープは野菜や豚骨などからだしがとられています。味はあっさりしていながらもこくがあります。

 ある朝、道路沿いのお店に入ったときのこと。メニューはクイティウのみ。オーダーからクイティウが運ばれてくるまでの時間がわずか30秒。その早さにビックリしながらも、熱々のクイティウを一気に平らげてしまいました。
 お店の人に早さの秘訣を聞いたところ、厨房を「特別公開?」してくれました。スープで煮込んでいるのではなく、麺、生の牛肉がはいった器にスープをかけること、そして流れるような作業手順。どうやらこの2点に早さの秘訣があるようです。疑問が解決し、お腹も心も満たされてお店を後にしました。(水田 2008.11)


店には特に看板はありません。目印は青い椅子? 食べる直前に、お好みでライムをしぼります



まだまだ若者には負けません
 ベトナム中部の山岳地域の村で。
 薪がいっぱい入った籠がつり橋のたもとに置いてありました。
 FIDRベトナム人職員が持ち上げてみたところ、その重いこと!周りの助けを借りてやっと背負うことができました。

 そこへやってきたのはおばあちゃん。よいしょと籠を背負うと、つり橋をゆっくりと渡っていきました。電気がまだ通っていないこの村では、炊事などのための薪を採りに山に行くことは重要な仕事です。おばあちゃんも現役でがんばっています。(村松 2008.10)

一人では背負うことができないほど、薪が沢山入っています。その重量は30キロほど 薪は炊事にかかせないもの。大切に背負って家路につきます



ゆらゆら
 カンボジアの人は、リラックスできる場所を探し出す名人ですが、それに欠かせないのがハンモックです。
 病院でもロビーの柱や廊下の手すりにハンモックをかけている姿が良く見られ、ゆらゆらと揺れている様はなんだか病室のベッドよりも快適そうです。
 そして、泣いている子どもをハンモックであやしたり、ハンモックがお隣になったお母さん同士が仲良くなれたりと、ハンモックがつなぐ輪は、広がっていきます。病院からベッドがなくなる日もそんなに遠くないかもしれません?!(上住 2008.9)


「さなぎ」のようなこの中には… 子どもがすやすやと眠っています



活気あふれる路地裏
 早朝のベトナム。
 元気な声が聞こえてくるハノイの路地裏をのぞいてみたところ、朝市が開かれていました。開店前の商店の前に、売り手がそれぞれ場所を取り、野菜や肉、魚などが所狭しと並べられています。いくつかのお店を比較しながら、地元の人が次々と食材を買い求めていきます。
 この朝市、昼過ぎにはキレイサッパリなくなっていました。所々に落ちていた野菜の葉っぱが朝市が開かれていた証拠。もしかして、これが明日の場所取りでもあるのでしょうか?(村松 2008.8)



袖“濡れ”合うも他生の縁
 カンボジアは、5月から雨季に入っています。
 突然のスコールに傘を持っておらず途方に暮れることもしばしばですが、道路沿いの家や小売店の方たちが「早くうちの建物の中に入りなさい!濡れますよ。」と手招きをしてくれます。
 お互いに助け合うカンボジア人の優しさに触れ、見知らぬ方と談笑しながら共に雨が止むのを待つひとときは、幸せになれる極上の時間です。
(川村 2008.7)

街中にて。雨が止むのを待つ人々 国立小児病院外科病棟前で。子どもたちは耳をふさいでも、雨の音が聞こえる様を楽しんでいる




救援のはずが…

 中国四川省大地震の被災地は多くが山間部。救援物資を届けようと細く曲がりくねった山道を車が続々と走っていきます。余震や雨でがけ崩れが起こる危険もあるので、みな大急ぎで集落を目指していきます。

 先日、FIDRが青川県に救援物資を運んだとき――。目の前を走るトラックが積荷の鉄骨をしっかり固定していないために、悪路の揺れで荷崩れを起こしてしまいました。幸い私たちに被害はなかったのですが、危なかった・・・。

 さらにその後、ハンドルを切り損ねて山道から転落してしまったトラックを目にしました。落ちたところが運よく畑で、乗員の怪我は軽かったようですが、せっかく運ぼうとしていた救援物資は損なわれてしまいました。

 救援に駆けつけながら自らが救助される状況を作りだしてしまっては元も子もありません。想いは熱く、頭は冷静に――救援活動での最も大切な姿勢を改めて認識します。(コヤマ 2008.7)

転落したトラック トラックの引き上げを見守る子ども



みんながんばれ!

 地震の大きな被害を受けた四川省北部の青川県。山道を緊急援助の車両が進んでいくと、あちこちの道端で子どもたちが大きな声で叫びかけています。
 「英雄!英雄!」

 彼らは地元の小学生たちでした。先生か誰か大人に命じられてやっているの?と聞くと、「ううん。僕たちが自主的にやっているんです」との答え。両手に掲げた手書きのプラカードにも励ましの言葉がみえます。

「皆さんは僕たちの模範です」
「がんばってください」
「一緒にふるさとを再建しましょう」

 先の地震発生時には大変に怖い思いをしたはず。しかしその後、各地から救援に駆けつけてくれる人々への感動と感謝の気持ちがこうして彼らを奮い立たせているのでしょう。

 被災地に暮らす子どもたちもまた救援活動の大切な担い手です。みんながんばれ!
(コヤマ 2008.6)

2トントラック3台で、救援物資を被災地に届ける 被災地の様子



家族のために
 中国・四川大地震が発生してはや1ヶ月になろうとしています。
 四川省北部でも地元政府を通じて被災者に毎日食糧が配られています。とはいえ、各戸に配って回ってくれるわけではなく、人々が配給場所まで受け取りに行かなければなりません。山道を歩いて2時間半かけて配給場所までやってくる人もいます。
 余震の恐怖を感じながら使い慣れたかごを背負い、家族のために今日も歩いてきました。
(コヤマ 2008.6)

帰り道 かごの中身
かごを背負って家路につく。これから2時間半の山道を歩いて帰る かごの中身は日用品や食料品など。こちらはインスタントラーメン


おすそわけ
 ベトナム中部の山岳地帯のご家庭を訪問したときのこと。お母さんの案内で、家の横を通って庭に出ると、そこには小さな家庭菜園がありました。
 様々な野菜が所狭しと植えられた囲いの中で、とびぬけて背が高く、育っていたのは、食べごろを迎えたとうもろこし。
 嬉しそうに「豊作の時は、1キロ1,000ドン(約10円)ほどで売ったりもできるのよ」と言いながら、大きなものをいくつかもいで、私たちFIDRスタッフにお土産として持たせようとしてくれます。私たちが遠慮すると「まだまだ沢山とれるから、いいのよ」とまた笑顔。(写真中央がお母さん、右が筆者、左がFIDRベトナム人スタッフのイエップ)

 大切な作物を、「おすそわけ」してくれたお母さん。両手に乗せられたとうもろこしの重さに、心がじんとあたたかくなりました。(佐竹 2008.6)


いやはや仕事になりません
 3月中旬から、プノンペンでは頻繁に停電が発生するようになりました。
 一年でもっとも暑い時期を迎え、エアコンの使用がピークになり、電力の需要に供給が追いつかないのです。加えて、近年の好景気でマンションや工場、商業施設の建設が相次ぎ、電力の大口使用が急伸していることもあります。
 カンボジアには大型の発電所がなく、公共電力は山間部での小規模な水力発電とディーゼル発電機での生産とに頼っていますが、昨今の石油価格の急騰が安定した電力供給を難しくしている模様。
 規模の大きい事業所などには、自前の発電機を備えているところもありますが、FIDR事務所にはありません。連日、昼間の一番暑い時間帯に3~4時間の停電に見舞われ、パソコンもコピーもFAXも使えず、汗だくになりながら会議などしております。 (コヤマ 2008.5)


小さな先生
 カンボジアの地方の小学校で、小さな先生に出会いました。
 お昼時の校庭で、木の下に低学年の子どもたちが集まり、一人の男の子がクラスメイトたちに、自分が言った単語を綴るよう、指示していました。
 この男の子、カメラを向けられていたことに構う様子も全くなく、一人ひとりの綴りが合っているか、熱血指導を続けました。
 20年後、この学校の教壇に立っているかもしれません。(松永 2008.4)


青空教室 マンツーマン指導
木陰に、ミニ黒板とチョークを持って集合。青空教室の開始です 家庭教師も脱帽(?)のマンツーマン指導



お正月の楽しみは万国共通
 ベトナムでは、旧暦で新年を祝うテト正月が過ぎ去ったばかり。私の家でも、離れて住んでいる家族・親戚や多くの友人たちとお正月を祝いました
 テト正月の準備はとても大変です。どの家庭でもテト料理を沢山作るので、女性たちは数日前から買い物をし、料理に励みます。特に、肉や豆類をもち米で包んだ「テッ(※)」というちまきはベトナムのお正月には欠かせない一品です。この他、肉料理、卵料理、スープなどを用意します。

 料理はどれも美味しく、お酒を飲み、おしゃべりしながら時間を過ごすことが、ベトナム人の最大の楽しみの1つです。けれども、子どもたちにとって一番楽しみなのは、「リーシー」といわれる、日本でいうお年玉かもしれません…。(ベトナム事務所 レー・グエン・ハン・グエン 2008.3)

※ベトナム中部のダナンでは、「テッ」と呼ばれ、北部のハノイでは「チュン」と呼ばれています。地方によって、その形やもち米の種類が違います。

市場の賑わい お正月料理
テト前の市場は買い物客でごった返します テーブルに並べられたお正月料理。左の列の中央にあるのが定番料理の「テッ」



牛さん、食べないで!
 人口の8割以上が農業に従事しているカンボジアでは、米は「カンボジアの魂」という表現ができる程、大切な作物です。主食はなんといってもお米ですし、余った分は市場で売って現金に換えます。
 その稲穂が大きくなる頃、地方の村で発見!「さるぐつわ」ならぬ「牛ぐつわ」?細く割いた竹とバナナの葉で、口をグルグルまきにされています。大切な作物を食べられないようにする工夫なのですね。米への愛情、お見それしました! (うえだ 2008.2)


スロートレイン
 カンボジアの首都プノンペンとタイとの国境近くの都市バタンバンの間293kmを週1便の列車がむすんでいます。
 車両は床も天井も穴だらけの今にも壊れそうな状態。線路も保守がよくなされているわけではありません。田園風景の中を自転車以上、スクーター未満の速さでごとごとと進んでいきます。早朝に出発して、終点に着くの翌日の明け方近く。そのため、ほとんどの人たちは高速で快適なバスを利用します。(コヤマ 2008.1)

ディーゼル機関車 貨車の上からの眺め
ディーゼル機関車が牽引する 貨車の上からは景色の眺めがいい



冠水しても、なんのその!
 ベトナム中部は雨季真っ只中。
 FIDRが調査をすすめるタイヤン郡ラン社でも、あちらこちらで川の水量が増え、道が冠水しています。
 村人はそれに慣れっこで、ズボンの裾をまくり迷うことなく水に入っていきます(足元はサンダルなので、心配ご無用)。それだけではなく、冠水してできた大きな水溜りを利用して、洗濯をしたりバイクを洗ったりと、この機会を有効活用しています。
 時にFIDRの調査の行く手を阻む水ですが、村人にとっては恵の水のようです。 (中川 2007.12)


栄養たっぷりの食事?!栄養たっぷりの食事?!
 養鶏に取り組んでいるカンボジアの農村にて。
 緑色のバケツの中にあるのは、雨季の間、鶏の体温が下がって死んでしまうのを防ぐために考案した「栄養増強食品」。にんにく、生姜、やし砂糖というカンボジアではどこでも安く手に入るものを発酵させて作りました。
 これを餌に混ぜて食べさせることで、鶏たちに雨季を乗り切ってもらおうと考えているとのこと。バケツを覗き込んだところ、とっても良い香りがして、私も食べたら元気が出るかなと思ったほどでした。(うえだ 2007.11)



庭先のトレーニングマシーン庭先でのトレーニング
 中部ベトナムの山岳地帯のあるご家庭の庭先で、「トレーニングマシーン」を発見。
 すべて、身近にあって、手に入りやすい材料で作ったお手製のもの。左に見えるのが、サンドバッグ、右は鉄棒です。
 しかし、ナムザン郡の人々は日頃から山道を歩いているため、鍛えなくても足腰は強そうなのに、ついトレーニングに励んでしまうのが人間のさがなのでしょうか。
(佐竹 2007.10)

サンドバッグを蹴るフィー 鉄棒で筋トレをするイェップ
FIDRのドライバー、フィーはサンドバックにチャレンジ。キックしたところ、サンドバッグがつるされていた木になっていたみかんがぽとり 普段からこっそり鍛えているのか、プロジェクト担当のイェップは、軽く5回ほど懸垂を披露




街角の金魚屋さん街角の金魚屋さん
 10月には雨季を迎えるベトナム中部ですが、まだまだ日差しの強い日が続いています。
 そんな中、心に涼をおすそわけしてくれるのが、街で見かける「金魚屋さん」。バイクの後ろで揺れるビニール袋には赤、白、黒と様々な色の金魚たちが泳いでおり、あたかも水に浮かべられた花びらのよう。子どもから大人まで、人々の目を楽しませてくれます。 (佐竹 2007.9)



山の中のアイス屋さん山の中のアイス屋さん
 中部ベトナムの山岳地帯の村で。
 太陽が熱く照りつける中、村をめぐり、ぐったりしていたところ、アイスクリーム売りと遭遇。なんでも、バイクで一時間半かけて、隣のダイロック郡からアイスクリームを売りにほぼ毎日、ナムザン郡に来ているとのこと。
 冷たいアイスにリフレッシュし、さらに奥地の活動地を目指しました。 (依知川 2007.8)


タロイモ味のアイス 水牛の隣りで
アイスは一本6円。ドリアン味に、タロイモ味、ジャックフルーツ味などいろいろ楽しめます 水牛の隣りで食べるのもまた一興



海辺での夕涼み海辺での夕涼み
 夏といえば海ですが、ここダナンでも然り。
 ベトナムは、東側が海に面しており、事務所のあるダナンでもバイクで10分も走ればビーチに到着します。
 現在、一年で一番暑い時期を迎えているダナンでは、日中はうだるような暑さですが、日が暮れると幾分涼しくなります。そこで人々はバイクで浜辺までやってきて、浜風に当たりながらビールを片手に夕涼みをして楽しみます。 (ベトナム事務所 小坂 2007.7)



滝のそばでパチリ滝のそばでパチリ
 カンボジアの大学生は勉強熱心で、日中は大学で専攻分野や外国語(英語、日本語、中国語、韓国語など)を学び、夜間や日中の空き時間に専攻分野以外の科目、パソコンのソフトの使い方や簿記などを学ぶために他の学校(人によっては2校!)に通っている学生も多くいます。
 そんな彼らですが、クラスの仲間と行く遠足はとても盛り上がります。今日の行き先はバスで3時間ほどの国立公園。旅行といっても親類宅を訪問するぐらいで、いわゆる観光地へ行ったことのない人も多いため、ほぼ全員が参加して、童心に返って楽しみます。 (FIDRボランティア田口 2007.6)


お賽銭を守ります!
 4月14日から16日の3日間はカンボジアのお正月(クメール正月)で、人々は毎日お寺にお参りに行きます。お寺ではお賽銭をし、砂を手に取って砂山に盛り、幸運や成功を祈ります。そして作った砂山にもお賽銭を置いていきます。
 砂山に残されたお賽銭はお寺の人が回収して、お賽銭箱に入れますが、日本と違って透明なので中のお札(カンボジアの貨幣は紙幣のみ)が丸見え。砂山のお賽銭を回収する人は「お賽銭箱守」としての役割も担っているのです。 (松永 2007.5)

砂を盛る
砂山に砂を盛ることで、更なる成功を祈り、お賽銭をします
お札を回収
ほうきや手で、お賽銭のお札を回収。後ろに見えるのが透明のお賽銭箱



お祝いは一日中
 カンボジアで、朝6時に始まり夜11時まで一日中続く、とても豪華な結婚式に出席しました。
 結婚式の朝は、花婿行列から始まります。果物やお供え物を持った参列者が花婿の後ろに並び、ドラの音に促されながら、新婦の家へ向かいます。
 次は新郎新婦の写真撮影。衣装を替えて、何枚も撮るため、1時間以上かかります。
 その後、花を回す、赤い紐を結ぶ(二人の良縁を願う)、髪を切る、などカンボジア流の儀式を行い、昼食の後、一旦解散。

花を回す儀式
幸せを祈り、新郎新婦や親族で花を回します
髪を切る儀式
悪いものを切り落とすという願いを込め、髪を切ります

ケーキカット  夜になると、一転して西欧風のスタイルになり、フラワーシャワー、ケーキカットなどが催され、仮設ステージの上ではバンドが伝統的なものから現代的なものまで様々な音楽を演奏します。
 出席者も色とりどりの華やかなドレスに身をまとい、ダンスをしたり、歌を歌ったりと、宴は深夜まで続きます。 
(FIDRボランティア田口 2007.4)



花を買いに花を買いに
 ベトナムでは、旧暦正月(今年は2月中旬)が近づくと、街はお正月準備の買い物のために人々でごったがえします。この時期、商店や友人を迎える家に欠かせないのが、色とりどりのお花や実が鈴なりになった果樹の鉢植え。
 正月前には、大通りに多くの花屋が並び、通りが華やかに彩られます。しかし、値段がここぞとばかりに高騰するのも事実。そのため道端では連日、値段交渉が繰り広げられることになります。 (大槻 2007.3)



バランス良く運びますバランス良く運びます
 カンボジアの農村では現金収入の手段として、ツタを材料としたかごが作られているところもあります。編んだかごは大きさに応じて、1個あたり15〜90円で仲買人に買い取られ、近くの町や首都プノンペンの市場で、売られます。
 いったい、一度にいくつのかごを運べるのでしょう?バイクにくくりつけ、バランスよく運んでいきます。 (前田 2007.2)



紡ぎだすもの紡ぎだすもの
 ベトナム中部のナムザン郡、カトゥー族の村で。
 「足指で棒をつかんで、脚はぐっとのばしたままで!」お母さんたちの道具を借りての機織体験。手取り足取り教えてもらい、やっと一列の横糸を通す。二列もやったら、もう汗だく。普通の平織りさえ、相当の技術と体力と柔軟性が必要であることを強く実感する。ましてや、織り込まれた星や葉の模様!それらが急に浮かび上がって見えてくる。着実に自分たちの生活を紡いでいる、自信に満ちた彼女たちの笑顔と重なって。 (渡部 2007.1)


柄
カトゥー族の女性が紡ぎだす柄
相談中
新しいデザインを相談中の女性たち



水祭り水祭り
 10月末にカンボジアの長い雨季が終わりました。11月初めには水祭りというお祭りがあり、首都プノンペンでは王宮前の川でカンボジア全土から集まったボートチームがそのスピードを競いました。
 その様子を見ようと、地方から多くの人々が見物に集まり、川沿いの道は自動車、バイク、自転車まで通行禁止となり、街はいつになくごった返していました。 (松永 2006.12)


椰子の木のぼり椰子の木のぼり
 木のてっぺんにポンポンのように葉が広がっているサトウヤシはカンボジア人の生活に密着した木の一つです。
 葉っぱは屋根に、幹は材木として、利用するほか、花や実をつける柄の部分に切り込みを入れて集めた樹液を煮詰めて作る椰子砂糖はカンボジア料理に欠かせません。
 10メートル以上の木を命綱なしですいすいと登る姿は実に圧巻です。 (前田 2006.11)



下校の道下校の道
 カンボジアの中央にあるコンポンチュナン州。
 午前の授業が終わって、乾いた赤土の道を歩いて帰ります。
 上からは容赦ない強い陽射し。彼女たち、木の葉ですてきな帽子を作ったようです。緑の葉のすがすがしさを装い、足取りも軽く去っていきました。
 ひょっとすると、実は裏手の茂みから現れた森の精だったのかも…。 (コヤマ 2006.10)


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